サンドウィッチ伯爵は何だって有名なんだ?
サンドイッチはよく知られているように、18世紀にトランプ好きで知られるイギリスのサンドイッチ伯爵によって「発明」されたといわれる料理である。ウィキペディアによると、当時は、キュウリをはさんだだけだったという。
サンドイッチ伯は由緒ある家柄で、代々軍人として活躍し、サンドウィッチを発明したといわれる当代のモンタギューは、海軍大臣を歴任している。マヨネーズはなかったであろうから、酢入りのドレッシングをまぶして食べたのだろうか。
それにしても不思議ではありませんか。貧乏貴族ではなくカクシャクとした海軍大臣まで出す家柄で、いくら忙しいからといって、パンにキュウリを乗せて食べていたとは。
第一、イギリスのパンはもちろん、タコスとかナンとか各種のパンは、古来から皿としても使われており、パンを2枚はさんで食べたかどうかの違いで、歴史上に不朽の名前を残すほどのことはないんじゃないだろうか。
それにキュウリをパンにはさんで食べたなんて、日本人がおにぎりに梅干しを入れて携帯食とするほうがよっぽど高度な文化というべきで、人間の知恵としてもさほどのことはない。それが何だっていったい世界中にその名とともに広がったのか。
何もそうくどくど文句をいうわけではないけど、それまでイギリス人がパンにものをはさんで食べなかったほうがおかしい。
フランスに行くと、フランスパンをタテに切ってハムかなんかをはんだものをサンドウィッチという。フランスパンにナイフを入れるわけだから、サルにはできない智恵である。しかし、イギリスの山型パンは、もともと平たいのだから、どうしてもものをはさみたくなる。人間の本能みたいなものじゃないだろうか。
サンドウィッチ元海軍大臣が悪いわけではないし、彼だってもっと別のことで名を後世に残したかったと思う。それに、ふだんもっといいものを食べていたはずなのに、まるで毎日サンドウィッチを食べていたみたいだ。
イギリスの食生活断片
僕がイギリスの田舎で数ヶ月下宿していたとき、そこにマーチンとデービッドという男の子2人がいて、マーチン坊やは毎日お弁当をもって小学校に通っていた。デービッドはまだ幼稚園だから昼は家で食べていた。
問題は、マーチンのお弁当なのだ。
ママのウェンディはカンシャク持ちでちょっと怖かった。何しろ毎晩ヒステリーを起こす。テーブルマナーも厳しく、背中を丸めていると、ぼこっと子どもの頭をたたいた。ボコッと音がするのです。僕もあわてて背筋を伸ばす。
テーブルの遠くのものに手を伸ばして取ろうとしてもボコッ。欧米では、食卓の上に手を伸ばすのはマナーに反する。たとえば、塩がほしければ、手を伸ばさないで、塩の近くに座っている人に、「それを取ってちょうだい」という。
で、デービッド坊やが「それを取ってちょうだい」といったら、またボコッ。ああ。「それはあんまりだ」と僕はあんぐり口を開けて見ているのだけど、デービッド坊やが「プリーズ」を言い忘れたのだ。
Pass me,the salt, please!といわなきゃだめ。Pleaseが抜けると、ほぼこんなふうに聞こえるようです。「おんどりゃ、塩寄こせ、はり倒すぞ、なにを、ぐずぐずしとるねん」
そのくせ、「いただきます」も「ごちそうさま」もない。「せーの」で食べはじめて、「えいや」で終わる。終わるときはいちおうデザートがつくので、終了はわかるが、食べはじめの無言にはちょっと抵抗がある。動物園みたいだ。
もともとお祈りの習慣があって、神様に感謝してから食べはじめたのでしょうけれど、祈りの習慣がなくなると、やっぱり「せーの」にならざるを得ない。
さて、問題のマーチン坊やのお弁当なのですが、ウェンディは1分でつくる。山型パンを2枚切って、1枚にピーナツバターを塗ってその上にもう一枚を乗せる。それを真ん中で2つに切って、ランチボックスに入れる。終了。
マーチンはかわいそうだ、昼にお弁当をあけて中身を見たら落ち込むだろうな、と僕は思う。が、マーチン坊やは、バタバタ台所にやってきて、気になるお弁当の上側のパンをちょっとめくると、「わあ、ピーナツバターだ」といって大喜び。ウェンディも満足そう。
ピーナツバターがハムになったりチーズになったりするが、マーチンはピーナツバターが大好きなのだ。
サンドウィッチ伯爵が有名になったのはイギリス人の味覚の貧しさにある。「貧しい」というより、食べ物に対する執着が恐ろしいほど少ない。価値観がまったく違う。やっぱり、イギリス人には、サンドウィッチ伯爵様は偉いのだ。さすがに海軍大臣をやっただけのことはある。あのサンドウィッチを発明したなんて!
ちなみにイギリス人の名誉のためにいうと、その後に僕が下宿した家のおばあちゃんの料理は単純だけどとてもおいしかった。サンドウィッチ以外は。
追記
なぜサンドウィッチは気にいらなかったかというと、一つにはサンドウィッチだけではちょっと日本人としては淋しい。次に、イギリス人は(ドイツでも同じだが)、トイレに入っても手を洗わないのは、男も女も同じだ。ハンカチももっていない。たとえハンカチをもっていても、恐ろしくきたない。一枚のハンカチで何度も鼻をかむ。
よく、外国映画で、女性が泣いていると、男性が優しくハンカチを出すシーンがあるけど、あのシーンをみるたびに、あのハンカチを受け取るのが僕じゃなくてよかったと思う。ハンカチで何度も鼻をかむのは男性ばかりではないので要注意です。女性が道でハンカチを落としても拾うのは考えものだ。拾っていいハンカチか、よけて通るべきハンカチかは、道路に落ちた時点でよくよく観察してから判断するべきです。
で、トイレに入っても手を洗わない、たとえ洗ってもハンカチが非衛生的であることを考えると・・・なぜ僕が英国人のサンドウィッチに多少とも猜疑的にならざるを得なかったか、ご理解いただけるのではないでしょうか。