2011年01月28日(金)

ドイツでなぜカツ丼がはやらないか

ドイツ人は日本食を好み、たいていのものは気に入ります。寿司もちょっと時間はかかるが、食べ慣れると好物になる人が多いようです。

ドイツ人といっしょにカツドンを食べていてちょっと感動したことがあります。何に感動したかというと、日本食というのは、それなりに食べる技術が必要なのだ、ということに気づいたからです。

丼物はすべてそうだが、どんぶりにご飯をもり、そのうえに上部構造物を乗せ、さらにタレをかける。なかには深部にもう一層のおかずの層をつくって人を感動させようとする試みもある。

どんぶりものをはじめてみた人には、どんな食べ物にみえるのだろう。いっしょにカツ丼を食べたドイツ人の友人はハイデルベルク大学で法学を学び、ベルリン大学で建築学を学んでいるから、知的にはまあまあです。

食事中、彼の慣れない箸使いは気になっていたが、ふと気づくと、なんと彼は上部構造物のみをぜんぶ平らげて、彼のどんぶりには、下部構造、つまり白いご飯しか残っていない。

さらに僕が驚いたのは、彼は何の不平も驚きもあらわさず、何の表情の変化さえみせずに、僕と話しながら、箸をドリルのように使って、平然と下部構造の掘削にかかっているのです。

もはや、それはカツ丼ではなく、ただのご飯の上にタレがかかったもので、そのタレも深部までは到達していない。しかし、彼は動じている様子もない。
 
ただ、途中で箸はあきらめたようで、店の人にシャベルをもってきてもらって岩盤の掘削をもくもくと続けている。

そこで分析

分析①ドイツ人は、ご飯をおかずと混ぜて食べるという高等技術をもっていない。というより、口の中で2つのものを混ぜることはマナーに反すると思っている。

僕は猫飯(味噌汁をご飯にかけたもの)が好きだが、外食では絶対にやらない。しかし、基本的に口の中では化学的・物理的に混ざり合うわけだから味に変わりない。ドイツ人は口の中で食べ物を混ぜない。化学反応は皿の上でのみ行う。

分析②日本人は、どんぶりのご飯を食べ終わるころ、驚くべきことに上部構造物も同時に食べ終わるというハーモニックな食事方法を心得ている。最近の子どもにはそれができない子が多いらしい。親と子がいっしょに食べることが少ないために、カツ丼の正しい食べ方が継承できないのであろうか。

分析③ドイツ人には、「主食」という考え方がない。彼らの主食はジャガイモである。ドイツでは、ライスは、はじめからバターなどで味つけされており、サラダかじゃがいものように食べる。つまり、ドイツ人にとって、カツ丼はかつとライスという2つの料理が、不合理にもタテに重なっている(ように見えるらしい)。

友人のドイツ人は、カツ丼を無類に気に入り、あきもせず日本食レストランでせっせとカツ丼を注文する。
2度目は、驚くべきことに、残ったご飯に、テーブルの上にあるブルドックソースをかけて食べた。つまり、ご飯がサラダであるなら、そこにバターやドレッシングの代わりに、備え付けのソースをかけて食べるのは何もおかしなことではない。

感動的なのは、彼はカツも気に入ったらしいが、ブルドックソースをことのほか気に入り、上部構造物をさっさと片付けると、「これこれ、これなんだな」という満足しきった表情で下部構造物にとりかかるようになった。

考えてみると、ドイツにもカツに似た料理があるから、カツ丼のかつはさほど珍しくないのかもしれない。

ついでにいえば、ドイツ人の多くは、口の中にものを入れたまま話しをしない。そばをすするような音も立てない。音を立ててスパゲッティを食べると、馬が飼い葉を食べているような目でにらまれるから要注意。食事の内容だけではなく、方法も文化そのものですね。

結論 そのドイツ人のように、ブルドックソースが気に入らないかぎり、ドイツでは、かつどんは流行らない(かもしれない)。