第12回: 踏んだりけったりのダ・ビンチ
第12回 |
踏んだりけったりのダ・ビンチ
イエスの最後の晩餐というと、ダ・ビンチの絵を思い起こす人が多いと思います。イエスが殺される前の夜、イエスが弟子たちと食事しながら、「この中に私を裏切る者がいる」と発言した直後の場面です。弟子たちは驚き、「裏切り者はいったい誰だ」とささやきあい、驚きと困惑、不安がさざなみのようにテーブルの上を走ります。
食事の内容は、パン、果物(レモン?)、魚、ぶどう酒で、中世の修道院の受難節(イースター前の40日間)の平均的な食事内容だったようです。
『最後の晩餐』は、ミラノの修道院にある壁画です。天才の絵だから大切にされたかというと、左にあらず。当時の画家は一介の塗装職人であり、裕福なパトロンの、気まぐれな出資で生活をしていたし、肝心の修道士には、風呂屋に描かれた富士山ほどの敬意も払われませんでした。
その証拠に、テーマが晩餐であるため、修道院の食堂に描かれたのですが、二百年後には、絵の中央に、あっさりドアがつけられます。そのころには色もはげて、見苦しいので何度か雑な重ね塗りが行われ、さらにナポレオン時代には馬小屋として使われます。第二次世界大戦では、空襲を受けて修道院の屋根が落ちます。踏んだり蹴ったりのドア付き『最後の晩餐』には後代の手がかなり入っていると考えていいようです。
そもそもこの絵の情景は、ダ・ビンチがイエスのころを勝手に夢想したものです。イエスの時代のイスラエルには、テーブルも椅子もありませんでした。ヨハネ福音書からは、イエスと12弟子は、真ん中の大皿を囲んで寝ころび、互いに抱き合うようにして、大皿の中身をパンですくって食べていたと考えられます。このころには、ローマ帝国の風習がイスラエルに浸透し、宴会では、寝転びながら食べることがよくあったようです。
イエスが寝転びながらワインを飲み、弟子の顔を間近に見て、「さて、この中に私を裏切る者がいる」という緊迫した情景を、ぜひダ・ビンチに描いてほしかったと思います。