2017年01月26日(木)

第9回: 愛の画家、シャガール


第9回

愛の画家、シャガール

 シャガールは、人や動物が空を飛び、町が宙に浮くといった、幻想的で童話的なイメージで日本でも人気があります。仲が悪かったピカソも、シャガールのあざやかな色彩を称えます。物語的な構図、種々の筆使いで、ピカソの天才性と異なり(というよりチョビッと不器用かなと思われる)人間的で独特な味わいが特徴です。
 シャガールは、19世紀末、ロシア帝国の辺境の町に生まれたユダヤ人です。迫害と差別のユダヤ人居住区で育った貧しい写真師見習いは、この街を逃れようと四苦八苦します。
 ユダヤ人は聖書でいかなる偶像を描くことも禁じられていて、画家は滅多にいません。ニシンの匂いがする田舎町の、その片隅のユダヤ人居住区に閉じ込められていた貧しい少年が、画家になる夢を温めていたことは、そのことが「おとぎ話」です。少年は同じ居住区に暮らす、美しいベラと結婚の約束をします。
 その後、20歳のシャガールは、「どこに行ってもお茶の一杯くらいはのませてくれるさ」とうそぶき、単身ペテルスブルクに出ます。困窮の中でパトロンを見つけ、ついにパリ行きの切符を手にします。
 パリで画家としての暮らしが立ちそうになると、ベラを迎えにふるさとに戻ります。が、一発の銃声からとつぜん第一次世界大戦がはじまり、ふたたび町に閉じ込められます。しかし、今回はロシア革命が起こり、知り合いのツテから人民委員に選ばれ、ニシンの町に美術学校を創設します。
 美術学校の運営に夢破れると、ベラと娘を連れて再びパリに出ます。ベラはシャガールの最高のモデルにしてよき理解者、よき批評家でした。ベラに捧げた愛情からシャガールは「愛の画家」とも呼ばれます。そして、心の中にこそほんとうの現実があるのだといい、ニシンの町への哀愁を切々と描き続けます。
 50歳代で、ナチスの迫害にあい米国に亡命。そこで最愛のベラが病死します。帰仏後、第二の最愛の伴侶ヴァヴァと出会い結婚。90歳のときレジオン・ドヌール勲章受賞。南仏の春の優しい日差しが注ぐアトリエで97年の生涯を閉じます。