第26回: 患者が来なきゃ、小説を書け
第26回 |
患者が来なきゃ、小説を書け
コナン・ドイル医師は、19世紀後半、名門エディンバラ大学を出てロンドンに開業したのですが、まったく患者が来ません。ヒマをもてあまして書いた小説がシャーロック・ホームズ(SH)です。SHは推理小説の源流としてさまざまなバリエーションを生みます。 SHをこよなく愛する人々は「シャーロッキアン」と呼ばれ、世界中にSHクラブがつくられます。日本では、1970年代後半にできました。大手家電メーカーの「企業戦士」として、高度成長期から、アフリカ、中近東をまたにかけて活躍した渡辺峯樹( 83歳)さんは、40年来のシャーロッキアンで、話し方までホームズ調です。「こんなことは当たり前のことですが」「つまらない話ですが」といった合いの手をいれながら、ホームズの世界観を熱く語ります。日本シャーロック・ホームズ・クラブから、SH研究で何度か表彰され、今でも「ボケ防止」と称して、研究報告を続けます。
エンジニアの峯樹さんのSH学は、ロンドンの地下鉄、庶民の日常生活、気圧計、海底ケーブルなど、モノの研究からホームズに迫ります。最近では、ホームズ時代の地中海文化に興味をもっているそうです。当時の英国貴族は地中海に強い憧れをもっていました。
シャーロッキアンと一言でいってもいろいろで、推理小説マニアもいれば、ホームズを通して英国の歴史や考現学にハマる人も少なくないようです。「ホームズの魅力は、観察からのひらめき」だそうです。たとえば峯樹さんは、「なぜロンドンの地下鉄の壁にススがあるのか」という観察↓謎解きからSH的思考に入ります。「ロンドンでは、幕末の薩英戦争のとき、地下鉄が開通したのですが、もちろん蒸気機関車ですから、駅やトンネルはススだらけになります。つまらない話ですが」。
何度読んでもあきないのは、SHの博識と、人間や社会への鋭い観察で、シャーロッキアンの楽しみは、この知性と観察眼を磨くことにあるようです。