2017年06月13日(火)

第21回: 海を渡ったクリムト


第21回

海を渡ったクリムト

 クリムトは、1900年をはさんでウィーンで活躍したユダヤ人画家です。華やかな装飾性を特徴とし、日本でも人気があります。
 当時、ウィーンで活躍するユダヤ人は、医者、弁護士、芸術家、銀行家など驚くほど多く、差別を受けながらも独自の地位を築いていました。
 クリムトの絵の中で、ひときわ目立つのがアデーレというユダヤ人富豪の貴婦人を描いた大作です。2000年代に米国に移されるまで、「アデーレ」はウィーンで国宝級の扱いを受けていました。
 この絵は、オーストリアがナチ・ドイツに併合されたとき、アデーレの一族からナチが奪い、敗戦後は、オーストリア美術館に収蔵されました。
 映画『アデーレ、名画の帰還』は、米国に住むアデーレの姪が、所有権を主張し、ついに返還されるまでの経緯を描いたものです。150億円ほどの値がつきました。
 姪のマリアは、ユダヤ富豪の娘としてウィーンで華やかな娘時代を過ごします。結婚後、オーストリアのナチ併合によって、財産を没収され、収容所行きが決まるのですが、間一髪で夫と米国に亡命。その後、米国で小さな洋品店を営みます。
 この映画の面白さは、マリアのウィーンに対する複雑な感情です。ウィーン人の多くが熱烈にナチを歓迎し、官民をあげてユダヤ人迫害に加担します。父母をナチに殺されたマリアは、ウィーンを激しく憎悪しますが、一方で、故郷であるウィーンへの愛着も強く、その狭間で「アデーレ」の返還を求めます。それは「正義」であるとともに、憎きウィーンから、愛するウィーンを取り戻す作業でもあったのです。
 マリアは、裁判の途中、目的を失い、悩みますが、若い弁護士に励まされながら、オーストリア政府を相手に最高裁まで争って勝訴します。
 ナチを熱烈歓迎した芸術の都ウィーンは、60年後、小さな洋品店の老婦人が主張する「正義」に敗退し、「国宝」を手放します。歴史は繰り返されもし、また生身の生き物として、裁かれもします。